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「カリフォルニア毛植革命」
 
 植毛手術を受けて5カ月目。本人もビックリするほど髪の毛が生えて、周囲のヒンシュクを買うほど(?)ホクホク喜んだ様子は植毛日記でも紹介した。 ところが、皮肉なことに、この連載の最後の原稿を書いた次の日、髪の毛が生えた喜びも消し飛ぶような反応に出会ったのである。

街はそろそろクリスマスと忘年会のシーズンを迎えた12月10日である。この日、ワタシは夜の七時半に新宿の喫茶店で高校時代の友人・S君と久しぶりに会った。
S君は社員5~6人の小さな商事会社を経営している気心の知れた友達なのが、彼はある女性実業家から3千万円もの手形詐欺に引っかかってしまったというのである。 ちょうどそのころ、ある経済月刊誌に詐欺事件の記事を頼まれていたワタシは、早速彼に会って詳しい話を聞くことにした。喫茶店で詐欺事件の顛末をひと通り話し終えたS君は、

「泣きっ面に蜂というのはこのことだよ。この不景気でただでさえ苦しいのに、この有様だからねぇ」

と、ぼやくのだが、しがない貧乏ライターは、

「まあ、そうメゲるなよ。オレなんか、詐欺にあいたくても詐欺師の方が逃げていくぐらいなんだから」

と慰めるしかない。
このあと、酒を飲みに行き、その席でふと思い出したように彼に聞いてみた。

「ところで、S君。オレ、何か変わったと思わないか?」

彼はワタシをしばらく見ていった。

「君が? いや、どこも変わってないように思うけど」

実は、喫茶店で最初に会ったとき、髪の毛のことをいわれるかと、内心、期待していた(?)のである。だが、彼は喫茶店でそんなことなどおくびにも出さない。 とうとうたまりかねて自分のほうから口に出したというわけだが、彼はこちらから「何か変わったことがないか」とヒントを与えても一向に気づかないのである。
ワタシは少しガッカリしながら、アメリカに植毛手術にいったことを説明した。ところが、彼はワタシがこういっても、

「へえ、アメリカにねぇ。いわれてみれば、少し髪の毛が生えたのかなという気もするけど……オレにはあまり変わってないように見えるけどなぁ」

という反応なのである。
せっかく念入りに化粧してパーマまでかけたのに、デートの相手が全然気がついてくれない。それどころか、

「どう、パーマかけたんだけど?」

と聞いても、

「あ、そうなの。パーマかけたの?」

といわれた女性の気持ち。例えてみればこんな気持ちだろうか。

なにしろ、前章でも述べた通り、髪の毛は以前と比べものにならないぐらい生えていたのである。実際、S君と会ったころは、周囲から「生えてきたねぇ」と、 嬉しくもうるさいほど(?)いわれていたぐらいだ。ところが、S君はこの〝大変化〟に気づきもしなかったのである。 いくらS君がワタシ同様にファッションや容姿に興味がなく3千万円の詐欺でそれどころではなかったはいえ、 この反応には愕然とし、また落胆もした。一体ナゼなのか? ワタシはS君と別れ、タクシーで帰る途中、その理由を考え続けた。
まず、第一の理由。それは、S君が「髪の毛が薄い男」としてワタシを認識していなかったという理由だ。これには、 ちょっと説明が必要だろう。
ハゲ通信を連載中、エッセイストの金子勝昭さんに取材したことがあったのだが、この金子さんからちょっと奇妙な話を聞いたことがあった。 彼は37歳のとき、薄くなりつつあった髪の毛に見切りをつけてスキンヘッドにした。そのスキンヘッドもすっかり定着したある日、 行きつけのスナックにロングヘアーのカツラをかぶっていったという。むろん、スキンヘッドとロングヘアーのカツラでは180度違うわけだが、 このとき、ホステスたちの反応は、きっちり2つに分かれたというのである。隣に座っても金子さんだと全く気がつかなかったホステスと、 店に入ったとたんに気がついたホステスである。

「気がつかなかったホステスは、私の特徴をスキンヘッドのお客として捉えていたということなのでしょうね。 ところが、私だとすぐに気がついたホステスは、私の別な特徴、例えば目とかヒゲでワタシを識別していたからだと気がついたんですよ」

金子さんはこう説明してくれたのだが、これと同じことがS君にも当てはまったのではないかと思ったのだ。つまり、S君は、 ワタシを他の特徴で認識していたから、髪の毛が生えたことを気がつかなかったのかもしれないと。
だが、S君が気がつかなかった理由は、たぶんこんなものではなかったのだろう。要するに〝大変化〟というほど髪の毛は生えていなかったのではないか。 なにしろ、植毛した髪の毛はわずか5000本である。もともと3万本足りないところに5000本しか〝補強〟していない。 ようするに生えてきたといっても、焼け石に水。周りが「生えた、生えた」というのは、植毛手術をしたことを知っていたからであって、 知らない人には「そんなに変わったようには見えない」のではないか。
ここまで考えたワタシは、なんだかガッカリしてしまった。

(ハァ~、せっかくアメリカまで行って植毛手術をしたのに、結局、大して変わらなかったというわけか……)

高校時代の友人に哀しくも厳しい現実を思い知らされたワタシは意気消沈し、タクシーの中で思わずため息をついた。
植毛して髪の毛が生えたころは、それだけで有頂天になったワタシだが、ただ髪の毛が生えただけではナンにもならないと気がついたのはこのときだった。 ようするに、髪の毛が生えただけではなく、人から「(髪の毛が増えて)変わりましたねぇ」といわれるぐらいでないと、 育毛剤をつけたり植毛をする意味がないというわけである。S君に会って以来、あれほど毎日何回も見ていた鏡も、あまり熱心に見なくなったるぐらいだった。
なお、ワタシはそのころ、植毛した髪の毛のタネはだいたい発芽し終えたと思っていた。もちろん、植毛した髪の毛はこれからも伸びるだろうが、 それにしたってこれ以上本数はたいして増えないと思っていたのだ。チャン先生によると、植毛後5カ月では、「髪の毛がだいたい生えそろう」そうなのだが、 本数が増えないのなら、見栄えという面でも大きな変化はないだろうと考えていた。だから、「特別に変わったとは思えない」というS君の言葉に余計ガッカリしたわけである。
むろん、これで終わったのなら、ワタシもこの本を書こうという気にならなかっただろう。だが、髪の毛のタネが大体生えたから、 これ以上見栄えも良くならないだろうと考えたのは、ワタシの勝手な思いこみだったのである。つまり、髪の毛が伸びるとまた違って見えるということをワタシは計算に入れていなかったということになる。 図らずもこれに気づいたのはそれから約1カ月半してからだった。
サスペンス小説風にいうと、実は、ここから思いもよらない変化が待ち受けていたのであるということになるのだろうか。



年も明けて1月の下旬、ワタシはクリントンスキャンダルの取材を命じられた。むろん、海の向こうの記事でも、週刊誌はよほどのことがないとアメリカには行かせてくれない。

「お、もう一度アメリカに行かしてくれるんですか?」

こう担当編集者にいうと、

「ナニ寝ぼけたこといってんの。アメリカには電話だけに決まってるじゃない」

と一言のもとに片ずけられたほどだ。

というわけで、ワタシはまずWさんという女性に会うことにした。彼女はアメリカの大学に留学して、現地の(超エリート)ビジネスマンと結婚。 アメリカで20年近く過ごしたあと、10年ぐらい前にご主人の仕事の都合で日本に帰ってきたという経歴の持ち主だった。 彼女と知り合ったのは帰日したろだったからかなり古い友達なのだが、いまもアメリカの友達が多い彼女にクリントンの評判を聞くことにしたのである。
彼女の自宅ではお母さんを交えてカレーをごちそうになった。その間、クリントン大統領の米国内での評判を聞いて取材はだいたい終わったのだが、 食後のコーヒーを飲んでいたときである。

Wさんが、

「ところで、アナタさぁ……きょうは何か雰囲気違うんだけど」

と、少しいぶかしげに尋ねたのである。

彼女と会うのは久しぶりで、植毛手術のことをまだ話していなかった。ワタシは、昨年末のS君の反応があったので、 彼女には控えめに話をした。

「もしかして、雰囲気が違って見えるのはアタマのせいかな。いや、実はね、昨年の夏、アメリカに植毛手術にいったんですよ」

彼女は日本に帰国したころ、

「家を探しているんだけど、いいところないかしら。予算は120万円(もちろん1月の家賃!)ぐらいなんだけど」

といってワタシを驚かせたヒトである。植毛手術の費用が(正規にやれば)150万円というのには驚いてくれなかったのだが、 頭皮を剥がし、1500カ所ザクザクされたという話には大いに驚いてくれた。話を聞くと彼女は、納得したようにいった。

「それでだったのかぁ。アナタが最初に来たときから、なんかきょうは違うなと思っていたのよ。やっとそのワケが分かったわ」

ワタシは少し嬉しくなって彼女に尋ねた。

「そうですか。少しは違って見えましたか?」

「ええ。いつもと違って……うふふ、アタマに光り輝くものがなくなったような気がしたのよ。 それに、何だか若返ったような、そんな感じでしょう? なんかおかしいなとは思っていたんだけど」

S君の反応とは大違い。彼女は、ワタシがいわなくても気がついてくれたし、しかも「若返った」というオマケ(?)までつけてくれたのである。 前述のように、Wさんの家を訪ねたのはS君に会ってから1カ月半過ぎたころである。ワタシはS君のときより髪の毛に大きな変化があったとは思っていなかったのだが、 なにはともあれ、女友達の「若返った」という言葉は嬉しかった。
Wさん家から帰るとき、ワタシは「若返った」という彼女の言葉を反芻しながら、電車の中でつい顔がほころんでしまうぐらいだった。 女性の観察は男より鋭いのだろうが、それにしても、今度はS君とはほぼ正反対の評価を受けたのである。まさに〝捨てるカミあれば、拾うカミあり〟(?)という心境だった。
 


 
 

さて、この中年記者はWさんの家を訪れた後、再び年甲斐もなく、まるで年頃の娘のように毎日鏡を見るようになった。 頭髪の見え方が新たな段階に入ったのは、たぶんこのころからなのではないだろうか。それまではポヨポヨと上に伸びていた髪の毛が長くなるにつれて折れ曲がり、 なんだかフンワリした髪型に見えるようになってきたのである。ワタシは鏡を見ながら女房に聞いてみた。

「なあ、最近、髪の毛が盛り上がってくるように見えるんだけど、お前どう思う?」

だが、女房は、

「ハイハイ、どんどん伸びてきて良かったわね。そのうちタワシみたいになるんじゃない」

と、こちらを見もしない。40面のおやじが、毎日鏡を見てなんだかんだというのだからいい加減うんざりしたのかもしれないが、 これが「新たな段階」に突入する前ぶれだったようだ。
ちなみに、ワタシはこの時期を、髪の毛が「生える」から「増える」へと移行した段階だと思っている。 読者はきっと「生えるも増えるも一緒だろう?」と思われるかもしれないが、少しエラソーな言い方を許していただくなら、 ワタシはこの時期、「生える」と「増える」には大きな違いがあることに気がついたのである。この違いについて少し説明してみようと思う。
生えるというのは、文字通りなにもない頭皮から髪の毛が生えることである。ところが、髪の毛が1、2㌢ぐらい生えても、 頭皮が透けて見えるため、久しぶり会った人には相変わらず薄いアタマに見える。しかし、この髪の毛が5㌢、6㌢と伸びてくるにしたがい、 髪の毛の上に髪の毛が重なるという状態になる。このため、頭皮が隠れ、髪の毛が盛り上がるフンワリとしたヘアースタイルになっていくのではないだろうか。 ワタシがいう「増える」というのはこんなフンワリしたヘアースタイルに変わることを意味している。
ちなみに、髪の毛は1カ月にだいたい1㌢ぐらい伸びるのだが、S君と会ったのは、植毛手術を受けて4カ月半のころだから、 髪の毛の長さは1~2㌢ぐらいになっていたはずだ。次にWさんと会ったのは、約半年後だから3~4㌢ぐらいになっていたはずである。 この差はたかが1~2㌢ぐらいなのだが、もしかして、「生える」と「増える」の〝臨界点〟は、ここにあるのではないかとワタシは勝手に推測している。 つまり、2~3㌢を越えると急に髪の毛が多く見えるようになるというのがワタシの説なのである。むろん、これには医学的根拠などないし、 こんなバカなことを大まじめに考えているからハゲたといわれればそれまでだが、今年1~2月頃から、自分でも髪の毛の見え方がずいぶん変わったような気がしたのは確かだった。
それまでは、横と後ろの髪の毛が長くのびていて、頭頂部から額にかけてはポヨポヨ生えているという感じだったのだが、 前のほうが横と後ろの髪と同じ長さになるにつれ、違和感がなくなってきたというか、全体的な調和がとれてきたのである。 つまり、植毛した髪の毛が頭全体に馴染んできたというわけだろう。
では、髪の毛が〝ある臨界点〟を越えて伸びてくるとどのように見えるようになるのか。まず、髪の毛が重なり一層地肌が隠れるため、 Wさんがいう「光り輝くもの」がなくなる。

このころ、ある中年編集者と打ち合わせをしていると、

「最近、〝山なみ〟が見えなくなったネェ」

とシミジミした口調でいわれたことがあった。
私は思わず窓の外を見たのだが、彼は

「いや違うよ。お前さんの頭のことだよ」

といい、こう続けたのである。

「昔は、こうして話をしていても毛がなかったものだから、お前さんの頭の形がよく見えたんだよ。ここからお日様が出れば、 さぞまぶしかろうと考えていたこともあったんだけど……いまは髪の毛でアタマの稜線が見えなくなったなあ、と思ってね」

このおっさんは、そんなことを考えながら、仕事の打ち合わせをしていたのかと苦笑いしたほどだったのだが、いわれてみれば確かにその通りだった。 今年の初め頃から、自分で鏡で見ても〝頭の稜線〟はほとんど見えなくなっていたのだ。また、髪の毛が伸びてくると、ただ薄い部分が隠れるばかりではない。 髪の毛が重なることで全体的に髪の毛がフレームアップするのである。このため顔そのものが以前とは違って見えるようなのである。 これは、髪の毛がフンワリ盛り上がることで、顔全体が長く見えるからなのかもしれない。
実は、ワタシは30代初めのころ、これまたタイアップ記事で、ある大手メーカーにカツラを作ってもらったことがある。 それも正規に作ってもらったら60~70万円という特注のカツラである。確か〈カツラをかぶってあなたもモテモテ人生〉という記事だったと思うが、 出来上がったカツラをかぶってみると、

「20代の若かったころは、確かにこんな感じだったよなぁ」

と懐かしさを覚えるほど若返っていた。当時、髪の毛の有無でこんなに違って見えるのかと驚いたものだが、たぶんこれは、 髪の毛の有無より、頭髪が盛り上がって見えるために若く見えたのだろう。
髪の毛がフレームアップすると若々しく見えるということは、あのタモリの髪型を考えてもらえば納得いただけるだろう。 タモリは、何年か前まで髪の毛を整髪料でペタッとなでつけるような髪型にしていた。ところが、ここ数年、髪の毛をフンワリ盛り上げるようなヘアースタイルにしている。 きっと、読者の方も今のほうが若々しく見えると感じていらっしゃるはずだ。
では、5000本しか植毛していないワタシの髪の毛がなぜフレームアップしたのか。その理由は、植毛した髪の毛のタネが後ろの髪の毛だったことも大きかったようだ。
例えば、もし、薄い部分の髪の毛を植毛したら、きっとペタッと頭に張り付いたような髪型になったはずだ。細くて〝コシ〟の弱い髪の毛ではどうしてもそうならざるを得ないというわけである。 ところが、不幸中の幸いというか、ワタシの後ろの髪の毛はまだまだ元気だった。太くて長くて、しかもコシがあったというわけだ。 それゆえ、フンワリと盛り上がるような髪型になったのだろう。
ちなみに、植毛手術を受ける前まで、子供たちが描くお父さんの絵は、額から頭頂部まで白い楕円形が描かれていた。 この楕円形が少しでも小さくなればいい、見えている地肌が少しでも隠れればいい、と思っていたワタシには、髪の毛がフレームアップして若く見えるようになったのは、 まさに望外の喜びだった。というのも、この梅ガッパ記者は、老けてみられたことで数々の苦い経験があるからだ。
 



あれはアメリカに行くすぐ前だったと思うのだが、写真部のIさんが、

「レイアウトをしている女の子がね、ウメちゃんのことを、なんかすごい気にかかるみたいでさ、ちょこちょこ見てんだよ。知ってた?」


というのである。そのまま信じるほど自信家ではないが、こういわれて決して悪い気はしない。その女の子は年齢も20歳半ばだというのである。 ところが、よくよく聞くと、この女性は、自分のお父さんによく似ていたから特に頭のハゲ具合がそっくりだったから気になって見ていたというのである。 実に情けなかった。
また、10歳近く年上の編集者と喫茶店で打ち合わせをしていたときもそうだ。飲み物を持ってきたウェイトレスが、なにを思ったか、 ワタシの方にレシートを置いたのである。その編集者は、レシートを目で示しながら、

「ヒヒヒ、見ろよ。おまえの方にレシートを置いたぜ。きっと、あのおネエさんはおまえの方が年上だと思ったんだろうなぁ。 いやぁ、苦労していると老けてみられてタイヘンだなァ」

と、実に嬉しそうにいうのである。ちなみに、その編集者はワタシよりふさふさの髪だったのだが、これも髪の毛が薄いと老けてみられるという苦い思い出だ。 だが、髪の毛がフンワリ盛り上がるように感じられるようになったあたりから、周囲の反応も少しづつ違ってきたのは確かだった。 つまり、「ずいぶん生えてきたネ」という言い方から、Wさんにいわれたような「なんだか若返ってきた」という言い方に変わってきたのである。

例えば、ある後輩のライターから、

「ウメハシさんは、最近やっとジーンズが似合うようになってきましたね」

といわれたのもこのころである。

「なんだよ。じゃあ、前は似合わなかったというのかよ」

と突っ込むと、

「いや、そんなことはありませんよ。でも、ウメハシさんがはくと、なんか〝ジーパン〟ていう感じだったんですよね。 だけど、最近はジーンズという感じになってきたなあ、と思いまして」

ホメられたのか、ケナされたのかはともかく、髪の毛がフレームアップして若く見えるようになったのは、女房もそのうち気づいたようだった。 いつものように鏡の前に立って髪の毛を観察していると、後ろから鏡を覗き込み、

「ふーん、近所の奥さんも若くなったといってたけど……そういえばなんだか顔が長くなって、若いころの面影がでてきたのかなぁ」

というのである。どうやら、女房は人からいわれて気がついたようなのだが、あまり身近に毎日見ているとなかなか気づかないという面があるようだ。 実際、ワタシも髪の毛が伸びてフンワリした髪型になったとは思うが、若くなったと自分で感じたわけではない。

さて、こうなると、逆に編集部の〝先輩諸氏〟は言葉数が少なくなった。髪の毛が生える段階では「少しぐらい髪の毛が生えたといって喜んじゃってェ」 と余裕を見せていた方も、髪の毛がフンワリとなってきたころから

「なんか、ちょっと生え過ぎだよなァ。そうなるとは思っていなかったけどなぁ……」

と、むしろ不審そうにいうのである。
なにしろ、この先輩諸氏に限らず、編集部には口の悪い方がそろっている。なまじ毛が生えたころはやっかみ半分の罵詈雑言で大変だったのである。

「おや、ウメちゃん、アタマのお皿になんだかすごく長いカビが生えているようだよ。ナンなら取ってやろうか?」

ポヨポヨ毛のときはこんな言い方をする先輩もいたぐらいだ。
髪の毛が薄くなったとき、周囲からボロクソにいわれる人とそうでない人がいる。ワタシのように「ハゲでどこが悪い。それとも何か、おれがお前にハゲをうつしたか?」 と開き直った人には、周囲の風当たりもかなり強いようなのである。
ところが、今年2~3月ごろになると、さすがの先輩方も「お皿にかびが生えている」とはいえなくなったようだ。

ワタシの顔を見て悔しそうに、

「ハア~、もうそこまでなってしまってはなぁ……」

とタメ息をついたあと、

「こりゃもう負けたよな。そこまでいったら敗北宣言だよ。この裏切り者め!」

こんなとき、ワタシも、

「そんなことないですよ、センパイ。ワタシなんか少し毛が生えたハゲにすぎませんよ」

ぐらいのことをいえば〝愛されるヒト〟なのだろうが、人間ができていないからそうはいかない。

「いや~、最近、女房から〝私のくしを使うな〟って叱られましてねぇ。先輩、昔使っていたくしを頂けませんかね。どうせ、先輩には必要ないでしょう」

あるいは、机に向かって(珍しく?)仕事をしている先輩の肩を叩いて、

「前髪も寝癖がつくんですねぇ。知ってました?」

などと髪の毛を手櫛で梳くマネをしてしまう。反感を買うのも当たり前だ。

だが、ポヨポヨ毛のころは、

「オレは手術までして髪の毛を生やしたいとは思わないけどな」

といっていた先輩も、髪の毛がフンワリと増えていくにつれ、植毛手術の威力をまざまざと感じたようだ。あえてダレとはいわないが、 珍しく酒を飲もうと誘ってくれた先輩もいた。

「いや、オレの友達で髪の毛のことで悩んでいる友達がいてさ、ウメちゃんのことを話したら、植毛費用とか術後のことを聞きたいというんだよ。 まぁ、今日はそのことを聞こうと思って誘ったんだけどね」

情報提供料は特上の中トロとあって、詳しく丁寧に教えたのだが、これは今年2月ごろもことである。

しかし、こんな反応にあってつくづく気がついたことがある。髪の毛が薄くなった人は、ただ単に「髪の毛が生える」というだけでは心を動かされない。 「フサフサに見え、若返る」ヘアースタイルになれるとわかって初めて心を動かされるということだ。この梅ガッパ記者がフサフサに見える髪の毛になったからこそ、 中トロの情報提供料を出しても植毛手術のことを聞きたいと思ったのだろう。
昨年の12月は、友達のS君の反応にガッカリして投げやりにもなったが(?)、よくよく考えてみれば、チャン先生も野呂さんも、 最初に「植毛したタネが生えそろうのは大体8カ月後」だと説明していたのである。結局、この「人のいうことなどナンにも聞かない」 梅ガッパ記者が、一人でガッカリしたり、はしゃいだりしていたということなのだろう。

【3章-3】

さて、その8カ月過ぎた今年3月の下旬、

(植毛手術をしてホントに良かった。ムリヤリでもこの取材を命じてくれたK編集長、ありがとうございます。
チャン先生、本当に感謝します。常に適切なアドバイスをしてくれた野呂さん、そのご恩は決して忘れません。)

と思いたいほどの賞賛を受けた。ここまで様々な周囲の反応を書いてきたが、最後に、今回の植毛手術を受けて最も嬉しかった言葉を紹介してみたいと思う。
それは、昨年の夏休み、一緒に秩父旅行に行ったY夫婦の奥さんがいった言葉である。Yさんの家族は今年3月、家族でウチに遊びに来たのだが、 その夜、女房に電話でこう話したというのである。

「ホント、ユキオさん(ワタシの名前です)、変わったわねぇ。きょう玄関で会ったときなんか、一瞬、オオっと驚いたぐらいだもん。 髪の毛がずいぶん増えて若くなったし、結構カッコ良くなったって感じじゃない。男の人って、ああして髪の毛を増やすと若くなれるんだからいいわよねぇ」

ちなみに、Y夫婦とは夏休み以後も、秋、正月と3~4回ぐらい会っていたのだが、こんないわれ方をしたのは初めてだった。 ヒトの奥さんにホメられて何が嬉しいんだと思われ方がいるかもしれないが、「カッコ良くなった」などといわれたことが皆無といってほどないワタシには、 何ともくすぐったいほどの言葉だったのである。
さて、ここまで読まれた読者の方は、「3万本も毛が足りないところに、5000本しか植毛していないのだから、そうそうフサフサにはならないのではないか」 と思われる方もいらっしゃるのではないだろうか。それはもっともなご判断だと思う。
実際、髪の毛はフンワリ盛り上がったヘアースタイルになっているのだが、いまひとつ密度が足りないことも確かなのである。 ようするに、フンワリ盛り上がった髪の毛になっているものの、なか(頭皮)が透けて見えるというわけだ。また、 特に頭頂部のほうまで植毛するには髪の毛のタネが足りなかった。つい先日も植毛手術以来3回目の散髪に行ったのだが、 後頭部を合わせ鏡で見ると、地肌が見える状態なのである。この意味ではまだ〝かっぱ記者〟といわれても仕方がない。 こうなると、周囲も、どうせなら完全にやってみればという気持ちになるらしく、

「もう一回やれば、きっと完璧ですよ。再トライする気持ちはないんですか?」

という人も少なくない。今回、植毛手術をコーディネイトしてくれた野呂さんも、

「どうですか、ウメハシさん。もう一回やってみるつもりはありませんか」

と熱心に勧めてくれているほどだ。
確かに、もう一度植毛すれば、きっとどこから見ても、フサフサのお父さんになれるのだろう。あれほど「髪の毛の再生はない」 と信じていたワタシも、いまはそう思えるようになっている。

だが、ワタシは再トライを勧めてくれる人に、

「まあ、ワタシゃ、これで十分満足してますからね。いや、もう一度、植毛手術を受けたくないというわけじゃないんですよ。 でもほら、欲を言えばキリがありませんもん」

と答えているほどだ。

実はこれが正直な気持ちなのである。考えてみれば、ダレにでも背が低いとか、目が細い、あるいはビール腹であるとかのコンプレックスはある。 ワタシのコンプレックスはこの髪の毛だった。

あれは久しぶりに田舎の鹿児島に帰ったときだろうか。高校時代の同級生に、

「なんよ、そんびんた(その頭)は。見苦しかねえ。いっそ、剃ったらどうや」

こういわれて、内心かなり傷ついたこともある。
あるいは、20代底々の若者が集まるディスコクラブに取材に行ったときもそうである。仕事だから仕方なく行ったとはいえ、(こんなオッサンじゃ目立って嫌だなぁ)という気持ちがあった。 自分でいうのもナンだが、ワタシは気持ちだけはかなり若いつもりなのである。しかし、あのとき自分のことを〝オッサン〟だと思ったのは、 心のどこかで(髪の毛がコレだからなぁ)と考えていたからなのである。
ところが、この植毛手術を受けたことで、まさか思いもよらなかった若返りに成功した。その意味で、ワタシにとって術後と術前では、 まさに〝雲泥の差〟だったといえよう。

植毛手術をする前に、野呂さんが、

「結局、いまの養毛剤やカツラは、髪の毛が薄い人にとって、まだ満足できるレベルじゃないんですよ。唯一満足できるものが、 この植毛だと思うんですね。だからこそ私もこの植毛ツアーのコーディネイトをしているようなところがあるんですが」

といっていたことを思い出す。
そのときは、野呂さんのいう「満足できるレベル」という意味が深くはわからなかったのだが、いまやっとその意味が分かるのである。 ようするに、コンプレックスが解消できるぐらい髪の毛が増えないと、「満足できるレベル」にはほど遠いということだったのである。
ワタシが「これで十分」と胸を張って答えられるのは、わずか6分の1の植毛でも満足できる成果が出たからにほかならない。
チャン先生が施してくれた植毛手術によって、このコンプレックスはほぼ解消された。まさに、この植毛手術はワタシにとって「満足できるレベル」だったのだ。
それにしても、この植毛手術では、落胆と希望がいつも隣り合わせだった。
アメリカに行かせくれるというから喜ぶと、植毛手術だという。手術は痛いと思っていたら、痛くも何ともない。手術後、ツルツル頭になることを気にしていたら、 周りは全然気にしていなかった。そもそも最初から髪の毛何かはえるはずがないと疑っていたら、周囲も驚くほど生えた。ヤレ嬉しやと思い、友達に話すと、 「そう変わらない」と叩きのめされる。これでガックリしていたら、女友達や周囲に「若返って見える」といわれるようになった。 禍福はあざなえる縄のごとし、というより、猜疑心が強く、心配性で、「ヒトのいうことを何にも聞かない」記者が一人相撲を取っていたということなのだろう。

いま髪の毛のことで悩み、どうにか昔通りのヘアースタイルにならないかと念願している読者の方も多いと思う。いささか我田引水のきらいはあるが、 この梅ガッパ記者は、この植毛手術以外「満足できる髪型になれる方法はない」と自信を持っていえる。

【第3章 終】


 

NHTメディカルセンターでの手術を受けた患者さんの体験談を是非お読み下さい。

     
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