というのである。そのまま信じるほど自信家ではないが、こういわれて決して悪い気はしない。その女の子は年齢も20歳半ばだというのである。
ところが、よくよく聞くと、この女性は、自分のお父さんによく似ていたから特に頭のハゲ具合がそっくりだったから気になって見ていたというのである。
実に情けなかった。
また、10歳近く年上の編集者と喫茶店で打ち合わせをしていたときもそうだ。飲み物を持ってきたウェイトレスが、なにを思ったか、
ワタシの方にレシートを置いたのである。その編集者は、レシートを目で示しながら、
「ヒヒヒ、見ろよ。おまえの方にレシートを置いたぜ。きっと、あのおネエさんはおまえの方が年上だと思ったんだろうなぁ。
いやぁ、苦労していると老けてみられてタイヘンだなァ」
と、実に嬉しそうにいうのである。ちなみに、その編集者はワタシよりふさふさの髪だったのだが、これも髪の毛が薄いと老けてみられるという苦い思い出だ。
だが、髪の毛がフンワリ盛り上がるように感じられるようになったあたりから、周囲の反応も少しづつ違ってきたのは確かだった。
つまり、「ずいぶん生えてきたネ」という言い方から、Wさんにいわれたような「なんだか若返ってきた」という言い方に変わってきたのである。
例えば、ある後輩のライターから、
「ウメハシさんは、最近やっとジーンズが似合うようになってきましたね」
といわれたのもこのころである。
「なんだよ。じゃあ、前は似合わなかったというのかよ」
と突っ込むと、
「いや、そんなことはありませんよ。でも、ウメハシさんがはくと、なんか〝ジーパン〟ていう感じだったんですよね。
だけど、最近はジーンズという感じになってきたなあ、と思いまして」
ホメられたのか、ケナされたのかはともかく、髪の毛がフレームアップして若く見えるようになったのは、女房もそのうち気づいたようだった。
いつものように鏡の前に立って髪の毛を観察していると、後ろから鏡を覗き込み、
「ふーん、近所の奥さんも若くなったといってたけど……そういえばなんだか顔が長くなって、若いころの面影がでてきたのかなぁ」
というのである。どうやら、女房は人からいわれて気がついたようなのだが、あまり身近に毎日見ているとなかなか気づかないという面があるようだ。
実際、ワタシも髪の毛が伸びてフンワリした髪型になったとは思うが、若くなったと自分で感じたわけではない。
さて、こうなると、逆に編集部の〝先輩諸氏〟は言葉数が少なくなった。髪の毛が生える段階では「少しぐらい髪の毛が生えたといって喜んじゃってェ」
と余裕を見せていた方も、髪の毛がフンワリとなってきたころから
「なんか、ちょっと生え過ぎだよなァ。そうなるとは思っていなかったけどなぁ……」
と、むしろ不審そうにいうのである。
なにしろ、この先輩諸氏に限らず、編集部には口の悪い方がそろっている。なまじ毛が生えたころはやっかみ半分の罵詈雑言で大変だったのである。
「おや、ウメちゃん、アタマのお皿になんだかすごく長いカビが生えているようだよ。ナンなら取ってやろうか?」
ポヨポヨ毛のときはこんな言い方をする先輩もいたぐらいだ。
髪の毛が薄くなったとき、周囲からボロクソにいわれる人とそうでない人がいる。ワタシのように「ハゲでどこが悪い。それとも何か、おれがお前にハゲをうつしたか?」
と開き直った人には、周囲の風当たりもかなり強いようなのである。
ところが、今年2~3月ごろになると、さすがの先輩方も「お皿にかびが生えている」とはいえなくなったようだ。
ワタシの顔を見て悔しそうに、
「ハア~、もうそこまでなってしまってはなぁ……」
とタメ息をついたあと、
「こりゃもう負けたよな。そこまでいったら敗北宣言だよ。この裏切り者め!」
こんなとき、ワタシも、
「そんなことないですよ、センパイ。ワタシなんか少し毛が生えたハゲにすぎませんよ」
ぐらいのことをいえば〝愛されるヒト〟なのだろうが、人間ができていないからそうはいかない。
「いや~、最近、女房から〝私のくしを使うな〟って叱られましてねぇ。先輩、昔使っていたくしを頂けませんかね。どうせ、先輩には必要ないでしょう」
あるいは、机に向かって(珍しく?)仕事をしている先輩の肩を叩いて、
「前髪も寝癖がつくんですねぇ。知ってました?」
などと髪の毛を手櫛で梳くマネをしてしまう。反感を買うのも当たり前だ。
だが、ポヨポヨ毛のころは、
「オレは手術までして髪の毛を生やしたいとは思わないけどな」
といっていた先輩も、髪の毛がフンワリと増えていくにつれ、植毛手術の威力をまざまざと感じたようだ。あえてダレとはいわないが、
珍しく酒を飲もうと誘ってくれた先輩もいた。
「いや、オレの友達で髪の毛のことで悩んでいる友達がいてさ、ウメちゃんのことを話したら、植毛費用とか術後のことを聞きたいというんだよ。
まぁ、今日はそのことを聞こうと思って誘ったんだけどね」
情報提供料は特上の中トロとあって、詳しく丁寧に教えたのだが、これは今年2月ごろもことである。
しかし、こんな反応にあってつくづく気がついたことがある。髪の毛が薄くなった人は、ただ単に「髪の毛が生える」というだけでは心を動かされない。
「フサフサに見え、若返る」ヘアースタイルになれるとわかって初めて心を動かされるということだ。この梅ガッパ記者がフサフサに見える髪の毛になったからこそ、
中トロの情報提供料を出しても植毛手術のことを聞きたいと思ったのだろう。
昨年の12月は、友達のS君の反応にガッカリして投げやりにもなったが(?)、よくよく考えてみれば、チャン先生も野呂さんも、
最初に「植毛したタネが生えそろうのは大体8カ月後」だと説明していたのである。結局、この「人のいうことなどナンにも聞かない」
梅ガッパ記者が、一人でガッカリしたり、はしゃいだりしていたということなのだろう。
【3章-3】
さて、その8カ月過ぎた今年3月の下旬、
(植毛手術をしてホントに良かった。ムリヤリでもこの取材を命じてくれたK編集長、ありがとうございます。
チャン先生、本当に感謝します。常に適切なアドバイスをしてくれた野呂さん、そのご恩は決して忘れません。)
と思いたいほどの賞賛を受けた。ここまで様々な周囲の反応を書いてきたが、最後に、今回の植毛手術を受けて最も嬉しかった言葉を紹介してみたいと思う。
それは、昨年の夏休み、一緒に秩父旅行に行ったY夫婦の奥さんがいった言葉である。Yさんの家族は今年3月、家族でウチに遊びに来たのだが、
その夜、女房に電話でこう話したというのである。
「ホント、ユキオさん(ワタシの名前です)、変わったわねぇ。きょう玄関で会ったときなんか、一瞬、オオっと驚いたぐらいだもん。
髪の毛がずいぶん増えて若くなったし、結構カッコ良くなったって感じじゃない。男の人って、ああして髪の毛を増やすと若くなれるんだからいいわよねぇ」
ちなみに、Y夫婦とは夏休み以後も、秋、正月と3~4回ぐらい会っていたのだが、こんないわれ方をしたのは初めてだった。
ヒトの奥さんにホメられて何が嬉しいんだと思われ方がいるかもしれないが、「カッコ良くなった」などといわれたことが皆無といってほどないワタシには、
何ともくすぐったいほどの言葉だったのである。
さて、ここまで読まれた読者の方は、「3万本も毛が足りないところに、5000本しか植毛していないのだから、そうそうフサフサにはならないのではないか」
と思われる方もいらっしゃるのではないだろうか。それはもっともなご判断だと思う。
実際、髪の毛はフンワリ盛り上がったヘアースタイルになっているのだが、いまひとつ密度が足りないことも確かなのである。
ようするに、フンワリ盛り上がった髪の毛になっているものの、なか(頭皮)が透けて見えるというわけだ。また、
特に頭頂部のほうまで植毛するには髪の毛のタネが足りなかった。つい先日も植毛手術以来3回目の散髪に行ったのだが、
後頭部を合わせ鏡で見ると、地肌が見える状態なのである。この意味ではまだ〝かっぱ記者〟といわれても仕方がない。
こうなると、周囲も、どうせなら完全にやってみればという気持ちになるらしく、
「もう一回やれば、きっと完璧ですよ。再トライする気持ちはないんですか?」
という人も少なくない。今回、植毛手術をコーディネイトしてくれた野呂さんも、
「どうですか、ウメハシさん。もう一回やってみるつもりはありませんか」
と熱心に勧めてくれているほどだ。
確かに、もう一度植毛すれば、きっとどこから見ても、フサフサのお父さんになれるのだろう。あれほど「髪の毛の再生はない」
と信じていたワタシも、いまはそう思えるようになっている。
だが、ワタシは再トライを勧めてくれる人に、
「まあ、ワタシゃ、これで十分満足してますからね。いや、もう一度、植毛手術を受けたくないというわけじゃないんですよ。
でもほら、欲を言えばキリがありませんもん」
と答えているほどだ。
実はこれが正直な気持ちなのである。考えてみれば、ダレにでも背が低いとか、目が細い、あるいはビール腹であるとかのコンプレックスはある。
ワタシのコンプレックスはこの髪の毛だった。
あれは久しぶりに田舎の鹿児島に帰ったときだろうか。高校時代の同級生に、
「なんよ、そんびんた(その頭)は。見苦しかねえ。いっそ、剃ったらどうや」
こういわれて、内心かなり傷ついたこともある。
あるいは、20代底々の若者が集まるディスコクラブに取材に行ったときもそうである。仕事だから仕方なく行ったとはいえ、(こんなオッサンじゃ目立って嫌だなぁ)という気持ちがあった。
自分でいうのもナンだが、ワタシは気持ちだけはかなり若いつもりなのである。しかし、あのとき自分のことを〝オッサン〟だと思ったのは、
心のどこかで(髪の毛がコレだからなぁ)と考えていたからなのである。
ところが、この植毛手術を受けたことで、まさか思いもよらなかった若返りに成功した。その意味で、ワタシにとって術後と術前では、
まさに〝雲泥の差〟だったといえよう。
植毛手術をする前に、野呂さんが、
「結局、いまの養毛剤やカツラは、髪の毛が薄い人にとって、まだ満足できるレベルじゃないんですよ。唯一満足できるものが、
この植毛だと思うんですね。だからこそ私もこの植毛ツアーのコーディネイトをしているようなところがあるんですが」
といっていたことを思い出す。
そのときは、野呂さんのいう「満足できるレベル」という意味が深くはわからなかったのだが、いまやっとその意味が分かるのである。
ようするに、コンプレックスが解消できるぐらい髪の毛が増えないと、「満足できるレベル」にはほど遠いということだったのである。
ワタシが「これで十分」と胸を張って答えられるのは、わずか6分の1の植毛でも満足できる成果が出たからにほかならない。
チャン先生が施してくれた植毛手術によって、このコンプレックスはほぼ解消された。まさに、この植毛手術はワタシにとって「満足できるレベル」だったのだ。
それにしても、この植毛手術では、落胆と希望がいつも隣り合わせだった。
アメリカに行かせくれるというから喜ぶと、植毛手術だという。手術は痛いと思っていたら、痛くも何ともない。手術後、ツルツル頭になることを気にしていたら、
周りは全然気にしていなかった。そもそも最初から髪の毛何かはえるはずがないと疑っていたら、周囲も驚くほど生えた。ヤレ嬉しやと思い、友達に話すと、
「そう変わらない」と叩きのめされる。これでガックリしていたら、女友達や周囲に「若返って見える」といわれるようになった。
禍福はあざなえる縄のごとし、というより、猜疑心が強く、心配性で、「ヒトのいうことを何にも聞かない」記者が一人相撲を取っていたということなのだろう。
いま髪の毛のことで悩み、どうにか昔通りのヘアースタイルにならないかと念願している読者の方も多いと思う。いささか我田引水のきらいはあるが、
この梅ガッパ記者は、この植毛手術以外「満足できる髪型になれる方法はない」と自信を持っていえる。